風立ちぬ・七試単戦の残骸

『もののけ姫』以降、以後の作品はすべて遺作として制作されてきた宮崎駿映画ですが、今回の『風立ちぬ』は年齢的にもさすがに最後(72才)ではないかと憶測しているのですが、マジで最後だから…というかとんでもない物を出してきたな!?というのが今回の作品です。
http://kazetachinu.jp

すでに、「子どもが退屈して、席に座っていられなかった」「ジブリなのに、トトロやポニョみたいなキャラが出てこないじゃない!」といった観客がいたとかいないとかニュースになっていますが、
http://www.cyzo.com/2013/07/post_13879.html
今回はそれだけ通常のジブリ作品とは全然違います。黒ジブリですw。
見る人によっては「老いてトチ狂ったか?!」といった感想をお持ちになる方もいるような内容なので、若干の解説と予備知識をご紹介したいと思います。


まず、宮崎駿監督はTVでは『アニメと飛行機と子供と自然を愛する好々爺』という扱いですが、業界やファンや活字系の出版物では多くの方がすでにご存じのとおり本当は『元軍国少年(重度のミリオタ)』『ロリコン』『共産主義者』の人です。

すでに少年の頃からかような記録が雑誌に残っていますから、アニメーターになる遙か以前から軍艦・戦車・戦闘機のような戦争兵器が大好きだったんですね。突然戦争を語り出した訳じゃないんですね、元からこうだったんです。
http://dragoner-jp.blogspot.jp/2013/07/blog-post_24.html
この辺りは、宮崎駿の趣味の漫画としてモデルグラフィックス誌に度々小作品を掲載されていまして、『雑想ノート』というタイトルで本にもなっています。

宮崎駿の雑想ノート

『紅の豚』の原作もココに乗っていますし、今回の『風立ちぬ』もこの流れなのですが、不思議なことに『風立ちぬ』を収録した本がまだ出版されてません(!) 今はネットで一部記事が読めるだけです。
http://goo.gl/lr9Jpj


で、今回の参議院選挙直前にジブリの出版部門から臨時にネット配信された憲法九条改正反対特集記事ですが、
http://www.ghibli.jp/shuppan/np/
http://www.ghibli.jp/docs/0718kenpo.pdf
内容を読めばまるで赤旗と見まごうばかりの文面です。高畑勲と宮崎駿は20代30代の頃、東映動画でアニメーターの労働組合を設立しようとして挫折した革命の士です。ガチです。油断すると「並んで買った肉は美味しいんだよ。」と訳の分からないことをいまだに言い出されるので注意が必要です。(※資本主義経済で大量に家畜が殺されて廃棄されるより、必要な分だけ並んで買って食べた方が良いという社会主義的計画性経済の比喩。)
『紅の豚』も、あれは「昔は赤の青年だったが、今は資本主義の豚になっちまった!だから紅の豚だ!!」っていう宮崎駿の自分自身に対する自虐ですから!シャアザクみたいなのとは訳が違うのです。
で、『千と千尋の神隠し』でも「きゃぁああ!お父さんが(資本主義の)豚になっちゃった!!」と、テーマとしては連綿と表現されていたのですが、今回は一切隠さずに全面に押し出ているのでちょっと戸惑いを隠せない方が多くいらっしゃるかもしれません、が、元からです。


さらに、個人的にぜひ押しておきたい重要資料が、 サン=テグジュペリ著『人間の土地』(挿絵・宮崎駿/新装版)です。

人間の土地 (新潮文庫)

サン=テグジュペリというと『星の王子様』が有名かもしれませんが、軍事・民間でパイロットだっただけあって飛行機の作品が圧倒的に多いんです(※時代的にも超過渡期)。で、この後書きに宮崎駿が『空のいけにえ』というタイトルの寄稿文を書いているんですが、これは今回の映画の主題そのものです!いかに飛行機がわずか10年の間で大量殺戮兵器の主役になったか、人間の命を吸ったか。情熱というメフィストフェレスの狂気を見つめた文章で、本人の言葉で語られているのが尚のこと興味深いです。これが1998年8月の記。


以前自分でも日記に書きましたが(http://ashihata.blog.jp/archives/52048558.html )、実在の兵器はフツウはアニメに出来ないんですよ。なぜならその兵器に殺された兵士の遺族もそのアニメを見るからです。東南アジアには旧日本軍戦闘機の犠牲になったご家族も大勢いることでしょう。普通に考えれば避けて当たり前の、ファンタジーにして直接表現は絶対避けたい部分です。

なのに今回の映画はそれを分かった上でさらに堀辰雄の小説もまぜ、美化ともとれるような演出を加えながら、堀越次郎の設計した戦闘機には(戦闘シーンはほとんどありませんが)主翼にしっかりと日の丸を入れて描かれています。戦争の美化と受け取られる方もいるかもしれませんがしかしそうではない、と。駿監督は飛行機の自由に空が飛べてカッコ良くて都合の良いところだけを見つめて創作していたわけではないのでありまして、その物狂い司令官としての狂気を自ら責めを負ってそのまま現しているところが凄い…という映画です。

ラピュタ・ラムダ残骸

風の帰る場所 ナウシカから千尋までの軌跡